私たち結婚しました
日本における結婚あるあるといえば、お金のない時に限って届く『私たち結婚しました』ハガキだが、断るにも断れない出るしかないじゃないかと言う時は全然まったくもって問題ないがこの結婚しましたの相手がなんとも微妙な関係だと問題である。例えば同じクラスだっただけで1年間の総会話時間が3時間に満たないような相手だと何とも判断に困る所である、特に日本は元々超面倒臭い思いやりと察する文化であるので結局出る出ないに関わらず面倒な事になるのは避けられないだろう。そもそも結婚の祝儀のなんと面倒臭い事だろうか、割り切れる数字は別れるにつながり演技が悪い、つまり結果としてアナタ自身の身分にもよるものの選択肢は1or3しかないではないじゃなイカ?
ほんとうに大丈夫か?
簡単にその人との結婚で後悔しないか?大丈夫か?収入は?家族構成は?相手の国籍は?アナタが気にしなくても実際にアナタの親や親戚はもちろん相手の親戚も結構気にしているのだから『結婚するのは私達だから当人の問題は当人以外に口出しされたくない』なんて言葉は口が裂けても言うべきではないだろう。特に結婚費用が無くて親に出してもらっちゃったりなんかする時には特に口に出すべきではないだろう。結果として日本において結婚すると言う事は一緒に生活するとかそんな薄っぺらい言葉で片付ける事ができる訳けない事を我々はもしかすると知らず知らずに忘れてしまっているのではないだろうか?とりあえず『愛ってとめられないじゃない?☆(ゝω・)vキャピ』なんて理由で結婚するべきではない。
私たち離婚しました
あぁそうだろうなそうなると思ってたよ、よくも2年持ったもんだな、コレは多くの芸能人の離婚会見をテレビでせんべいでもかじりながら見ていたオッサン連中のセリフである、また同時に全国の各世代の正直な意見でもある。特に芸能人が入籍する度に衝撃の電撃入籍などとヘタな装飾を加えるから掛け値なしのノータリン連中が結婚にたいして阿呆な勘違いをしてしまうのだ、もっとメディアは『ゴム無し生ハメでセックスしてたら子供できちゃったんで世間体もあるし嫌々結婚します!』などの正直な部分をオブラートに包まずストレートに載せるべきだ、何でもかんでも有耶無耶のうちに押し込めようとするからドコかに歪みがでると言う事にそろそろ我々は気が付かなければフクシマがぽぽぽぽーんした今の日本に未来は無いゾ☆(ゝω・)vキャピ